御宿御料理 大正館 『Coffee Break 珈琲の香りに抱かれて、愉しいおしゃべりでちょっとひと息!』

 身の回りの出来事や季節のうつろい、食べたい物や食べた物、 大好きな本や音楽・映画など… 色んな話題をつまみつつ、さあ!香り豊かな珈琲を召し上がれ!時にはググッと苦いかもね?

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『鞆の浦』、『福山市沼隈町・後山公園から眺める瀬戸内海』、

2010_08_20EOS 7D5628、2010.8.20.福山市沼隈町能登原・グリーンライン・後山公園、「瀬戸内海、瀬戸の海、遠望」、2 
福山市沼隈町・後山公園からの眺め、
今話題の鞆ノ浦も眼下に見下ろします。

土佐・高知をはじめ日本中が龍馬人気で湧いていますが、僕の地元?鞆(お隣の福山市、僕の住んでるのは福山の北に位置する中山間地の限界集落)でも休日など龍馬人気で大賑わいの様子。
大河ドラマにも出ていた海援隊の武装商船「いろは丸」を模った観光遊覧船(っても小さなチャチなインチキ船ですが)が就航しています。
もし良かったら一度訪ねて見ては・・・

ただし違う意味での話題通り、鞆の町は駐車場は少なく・道は狭く、ゴチャゴチャして決して観光地の様じゃ無いのをご覚悟。

広島県民として「鞆の住民の立場に立った生活環境整備と観光開発」を一日も早く実現して欲しいものです。

*写真はクリックすると大きくなります!
2010_08_20EOS 7D5633、2010.8.20.福山市沼隈町能登原・グリーンライン、「瀬戸内海、瀬戸の海、鞆、仙酔島」、1、 
「本土と仙酔島の間に広がる天然の良港・鞆ノ浦」、
2010_08_20EOS 7D5637、2010.8.20.福山市沼隈町能登原・グリーンライン、「瀬戸内海、瀬戸の海、鞆、仙酔島」、2 

  続きます⇒

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今年も恒例の出雲大社・一畑薬師参拝に行って来ました。取り急ぎ、一畑薬師に奉納の絵馬と可愛い鳥・兎の写真を公開します。

今年も4年前の癌発病以来恒例の
「出雲大社」・「一畑薬師」+α参拝に
元気に行ってきました(^O^)/。
有難くも楽しい一日の先ずは予告編?


最初にお参りした「出雲大社」では参拝の後「式年遷宮の寄付」と「自分&友人親子の健康祈願」をお願いし、次とその次にお参りした「日御崎神社」・「一畑薬師」では参拝と「自分&友人親子の健康祈願」をお願いしてきました。
特に「一畑薬師」ではご祈念の他に「絵馬」と「護摩木」を奉納し、懇ろにお願いしてきたのでチョイと報告します。

●さん&こ●かちゃん、必ず良い事が訪れますから信じて安心をしててね。
 
今回は近日公開予定の「雲州御利益参拝旅行記録」の
予告編と云う事で宜しくお願い致します。

*写真はクリックすると大きくなります!

2010_10_12EOS 7D7808 
「絵馬」、
他の方のがかかってるので奉納前に撮影、高い位置にかけてきましたよ。

「護摩木」、
護摩壇で燃やされ天上に願いが届きましたからね。


今回の日帰り旅行中に出会った
可愛くて印象的な鳥と兎です。
まだまだ色んな鳥達やウサギの可愛い写真があります・・・
《近日公開!乞うご期待!》
2010_10_12EOS 7D7936 
「キョロちゃんとポポちゃん?」
とり溜めたとりの写真をとり急ぎ二人にプレゼントします。
加工前ですが、「幸運の●い鳥」と云う事で・・・、どこかに青い部分があるはずと云う事でお許しを。
また青い鳥の写真をプレゼントします。

2010_10_12EOS 7D8126

2010_10_12EOS 7D8151 
「幸運のうさぎ」、
宍道湖畔にいる13匹のウサギの中の1匹、縁結びをはじめ子宝にも恵まれるとか・・・です。





八田原ダム(世羅郡世羅町)の『桜と躑躅』、ぶらりドライブしてきました。

2010.4.7.「八田原ダム」、 
八田原ダム(世羅郡世羅町)の『桜と躑躅』、
ぶらりとドライブして撮影してきました。


今年の春は気持ち悪いほど暖かな日があるかと思えば凍えるほど寒い日があり、晴れて陽の射す日が少ない異常気象!これも地球温暖化の影響なのでしょうか?
ただでさえ景気が悪いのだから、気候位メリハリよく「寒く厳しい冬から暖かな春になり、心も体もパッと明るく元気に弾みだす!」と云う風になって欲しいのに中々です…


と云う訳で「梅雨の晴れ間」ならぬ「春の晴れ間」の或る日、普段出歩く範囲を少し超え目的の無いぶらぶらドライブに出かけて美しい桜に出会ったのでアップします。


*写真はクリックすると大きくなります!

2010.4.7.「八田原ダム」、「桜」、1 
↑「太目の枝から咲く桜」、
下の写真の様な桜も綺麗ですが、僕はこんな風に幹や太目の枝から咲く花が何故だか気になって仕方が無いんですよね。可愛くってとても綺麗でしょ?

2010.4.7.「八田原ダム」、「桜」、3 
↑・↓「咲き競う花」、
着物や和食器・掛け軸や硯箱等に描かれるような雰囲気の満開桜、桜は蕾の頃も咲き始めも満開も、散り際までが美しい花です。
僕が一番好きな花…、いやいや一番好きな花は「みめ麗しい世の女性たち」でした。

2010.4.7.「八田原ダム」、「桜」、4 

 *おまけに少し前の写真を・・・
2010-03-29_EOS 7D_0176、2010.3.29.「世羅郡世羅町甲山の桜」、 
↑「世羅町甲山の桜」
今にも開きそうな蕾の色が綺麗でしょ?


   続きです⇒

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曹洞宗「徳雲寺」、文安3年(1446)覺隠禅師が開創の名刹、

曹洞宗『徳雲寺』・庄原市東城町菅、
母方の菩提寺にお参りしてきました。

道元が創始の曹洞宗(中国の禅宗・曹洞宗とは違う日本独特のもの)は専ら坐禅に徹する「黙照全」が特徴で、「修証一如(シュウショウイチニョ)」(=無限の修行こそが成仏に繋がる)と云う道元の教えのもと「只管打坐(シカンタザ)」(=ひたすら坐禅する事)に徹して「即心是仏(ソクシンゼブツ)」を目指します。
その為、古くは交通が隔絶した山奥等に多く坐禅道場が建てられ今でも参詣には一苦労するほどで、隣町・東城町にある僕の母方の菩提寺・『徳雲寺』も城の町から随分山の奥に入った不便だった場所にあるのですが、今は参道も整備され車で勅使門の前まで簡単に行けるので、年に何度か静かな雰囲気に包まれて穏やかな心を取り戻すためにお参りします。
今日はその時撮った写真を掲載します。
新しいデジカメの「ノスタルジック」と云うフィルターで撮影してみたので、全体に何だかくすんで寂しげな写真に仕上がっています。
『徳雲寺』の新緑や勅使門等の写真は以前掲載しているので、右の【ブログ内検索】で「徳雲寺」のキーワードで検索してみて下さい。大きな青大将の写真も…

『徳雲寺』は文安3年(1446)覺隠禅師の開創になる曹洞宗の名刹で、《当時この辺りに住んでいた人を攫い石臼で擂り潰して食べると恐れられていた鬼を覺隠禅師が仏法の力で改心させ、その時鬼が改心の証拠に己が角を自ら折って立ち去った》と云う伝説が残っており、その為『徳雲寺』の瓦などには寺紋の《第1画目の無い丸に鬼の字》が使われています。
 
また向って本堂左側奥の林の中には、戦国末期「毛利‐尼子の戦い」で活躍した尼子十勇士の一人《山中鹿之助盛幸の首塚》と《首を運んできた忠臣の墓》と伝えられる2つの盛り土と石があります。
因みに「山中鹿之助」は尼子家の最後の家来としてお家再興に最後まで戦った武将で、「上月城の戦い(毛利‐尼子の最後の戦い)」で降伏し捕えられて毛利輝元のもとに護送される途中、備後国・阿井の渡し(現在の高梁市)で忙殺され、胴は同地の「観泉寺」住職により胴塚が作られ今に残っています。
またその首はその後、備後国・鞆浦で室町幕府15代将軍足利義昭や毛利輝元による実検が行われ鞆の「静観寺」山門前に首塚が作られたのですが、鹿之助の家来が敵である毛利家の領土内に葬られる無念さを思い、密かに掘り出して尼子家と縁の深かった東城の地に埋めたと云う伝承のあるものです。

山中鹿之助と云えば尼子家再興を三日月向けて祈った「願わくは我に七難八苦を与えたまえ」と云う逸話と「鹿角の兜」、江戸期以降の大豪商・大財閥「鴻池家」の先祖であると云う事が有名です。

*写真はクリックすると大きくなります! 2010.4.9.「徳雲寺」、1
↑「蛇松池から鐘楼・坐禅堂を眺める」、
勅使門から入り蛇松池に掛かる橋を越えれば山門・坐禅堂、俗世を離れた修行の場。
自ずと身が引き締まる気がします。


2010.4.9.「徳雲寺」、3 
↑「山門兼坐禅堂の前に立つ地蔵様」、
彼方此方から鶯など小鳥の鳴き声や啄木鳥が木を叩く音が聞こえて深山幽谷の趣が、本当の静けさを感じる事の出来るお寺です。

2010.4.9.「徳雲寺」、4 
↑「鐘楼」、

2010.4.9.「徳雲寺」、5 
↑・↓「山門兼坐禅堂の見事な彫刻」、
上は山門正面の龍、下は山門の周りの飛天です。
2010.4.9.「徳雲寺」、6 
*写真はクリックすると大きくなります!
2010.4.9.「徳雲寺」、7 
↑「仏堂・本堂」
2010.4.9.「徳雲寺」、9 
↑・↓「仏堂や方丈等を結ぶ土間の廻廊」、
2010.4.9.「徳雲寺」、11 
↑右肩上がりで撮る癖を直さないと…、写真加工の技術を磨く事も…、

2010.4.9.「徳雲寺」、12 
↑「伝 山中鹿之助盛幸の首塚」、
向って左・石碑の立っているのが「山中鹿之助の首塚」、右が「此処まで首を運んだ家来の墓」と伝えられるものです。
すぐ傍には歴代住職の墓もあり、静かで落ち着いた雰囲気でした。


庄原市東城町「曹洞宗・徳雲寺」8、軒瓦
↑「徳雲寺の寺紋と瓦」、
鬼が自ら角を折って立ち去ったので鬼の字の角の部分がありません。


  続きです⇒

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『大原美術館界隈・倉敷美観地区』、ぶらり夕景散策です。

倉敷市帯江の『不洗観音寺』に参拝した後で、黄昏の街をぶらり散策したくて立ち寄った
『大原美術館界隈・倉敷美観地区』、
何時訪れても何とも素敵な雰囲気です。


今日掲載の写真は「大原美術館本館の直ぐ近く・美観地区の中心部辺の夕景」です。
何分写真に関して全くの初心者の僕がストロボを使わないで撮影しようと露出やシャッタースピードを
滅多矢鱈に変えながら撮影をしてみたものなので、出来上がりの写真は何だか曇った昼間の様に明るい写真が出来てしまいました。
パソコン上での補正も可能なのでしょうが僕にはそれも未だチンプンカンプンなので、今日の所は何だかヘンテコな写真でお茶を濁すことにしちゃいます。

デジタルカメラや写真の撮影技術・パソコンでの補正や編集の技術…これから勉強したい事が山ほどあるのですが、何分「貧乏暇なし」中々大変です…

*写真はクリックすると大きくなります!
「倉敷美観地区、夕景散策」、2009.10.29.、10 
↑「夕陽を浴びて輝く大原美術館・本館」、
僕は時々一人で大原美術館に行きます。
別に絵画が取り立てて大好きなわけでも詳しいわけでもないのですが、その日・その時の気持ちに《ビビビ》と来た絵画や彫刻をただただ無心に長い時間眺めるのが好きだからです。
芸術と会話するなんて云ったら格好良すぎなんですが、そうしてると何だか心が落ち着くし日常の煩雑な事が全て雲散霧消するんですよね!

「倉敷美観地区、夕景散策」、2009.10.29.、12
↑・↓「倉敷美観地区、往時の舟入」、
江戸時代に天領だった倉敷の町は、近在近郊始め遠く山陰・九州・北陸地方などの産物やお米を大阪や江戸に運ぶための集積地・中継地として大変重要でありとても栄えた地。
商家や大名家・将軍家の蔵屋敷などが多く立ち並んだ舟入(フナイリ)=現代の商業港は、それこそ人と物資の往来が激しく活気に漲りっていた事でしょう。
今に残る景観が往時の賑わいと豊かさを偲ばせます。

「倉敷美観地区、夕景散策」、2009.10.29.、11 

「倉敷美観地区、夕景散策」、2009.10.29.、9 
↑・↓「黄昏の美観地区」、
どうすれば美しい夕景・夜景の写真が取れるのでしょう、良い入門書でも探しましょうね…
「倉敷美観地区、夕景散策」、2009.10.29.、7 

「倉敷美観地区、夕景散策」、2009.10.29.、8
↑「夕闇が迫り、宿の軒行燈にも火が灯りました」、



     続きです⇒

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『景光山 不洗観音寺』・倉敷市帯江、子授け・安産の祈願所として霊験抜群な古刹!1200年の昔から女性と子供を守り続けて下さっています。

子授け・安産に霊験あらたかな古刹
『景光山 不洗観音寺(ケイコウザンアラワズカンノンジ)』にお参りしてきました。

1200年の昔・天平年間から女性と子供を守り続ける「帯江の観音さん=十一面観世音菩薩」・倉敷市帯江、

1200年もの昔・天平年間より倉敷市帯江の地に祀られ篤く信仰される「不洗観音寺」にお参りしてきました。
結婚後十数年、中々子宝に恵まれ無かった亡き両親がお参りをしておすがりをして僕を授けて頂いた御縁・因縁のある真言宗の古刹で、今や全国からのお参りが絶えないほど御利益・霊験があらたかで有名なお寺です。

清潔で温かな雰囲気の落ち着いた境内には、本堂・大師堂・薬師堂・鐘楼・祈禱所(紫雲殿)・客殿などが建ち並び、手入れの行き届いた滝のある庭園や松の巨木などにビックリです!

午後から急に思い立って訪れたのは平日の夕方、参拝客の少ない時間帯だったので落ち着いてゆっくりお参りをさせて頂きました。

合掌・礼拝!「オン マカキャロニキャ ソワカ」=真言。


注:不洗観音寺の縁起・行事など、詳しい情報は下記のURLをクリックして是非ご覧ください。
http://www.arawazu-kannonji.or.jp/

*写真はクリックすると大きくなります!
「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、3
↑「清潔で厳か、温かな雰囲気の境内」、
向って右が真言宗の開祖『弘法大師・空海』をお祀りしてある大師堂で、中央の石段を上がった奥、左・上段に見えるのが御本尊『十一面観世音菩薩』が安置されお祀りされている本堂です。
訪れた日は丁度『七五三参り」の時期でしたので、境内には七五三参りの幟が立ち並び鮮やかな五色の幔幕が張り巡らされとっても綺麗でした。

「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、12
↑「鐘楼」、
左手には薬師堂もあります。

「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、4
↑「本堂へ向かう石段」、
両側に沢山の絵馬がびっしりと掛けられた参道・本堂前の石段には回廊のような屋根があり、雨の日でも安全に小さな赤ちゃんを抱いてお参りができます。

「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、2
↑・↓「わらべ地蔵、六体のお地蔵様」、
それぞれ違った表情・仕草がとっても可愛い
六体のお地蔵様。
子供たちの守り神と云うより遊び友達と云う感じの有難いお地蔵さまです。

「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、7 
「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、6 
「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、5 
*写真はクリックすると大きくなります!
「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、11
↑・↓「十一面観世音菩薩像」、
本堂の右手・祈禱所のある紫雲殿の手前に立つ十一面観世音菩薩像、手にされたご瓶からご霊水が流れ落ちています。
ご霊水を頂いて帰り、少しずつお風呂に入れて入ると子授け・安産・病気回復に霊験あらたかです。

「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、10 

「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、14「鰐口」、
↑「本堂の前に下がった鰐口(ワニグチ)」、
本堂は江戸初期に建立された落ち着いた建物、お灯明とお線香をお供えし鰐口を鳴らしお参りします。

「倉敷帯江、不洗観音寺・帯江観音寺」、2009.10.29.、16
↑「夕日を浴びて輝く鳳凰」、
祈祷受付所などがある施設『紫雲殿』の屋根の上で羽ばたく鳳凰、夕陽を浴びてキラキラと輝き今にも大空に飛び立ちそうでした。



      続きです⇒

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お参りしてきました!『出雲・一畑・松江、日帰り参拝旅行・2009.10.28.』、パート8、「松江城観光」、

「神在月は出雲へ!」
と云う事で、毎年10月恒例の『出雲大社・一畑薬師、健康祈願・日帰り参拝旅行+松江城』に行ってきました。
  
『出雲大社・一畑薬師、健康祈願日帰り参拝旅行+松江城・お堀遊覧』道中写真日記・2009.10.28、パート8、「松江城観光」、


いよいよ今年の参拝旅行最後の目的地築城400年祭りで賑わう「松江城」に到着!ですが訪れた日は平日なので格別なイベントは無くチョット残念…。
大手門から入城し、立派な切石積みの石垣や巨木・櫓を見ながら本丸へ、城の象徴・天守閣に登城です。
注:石垣の積み方~
①綺麗に整形し隣り合う石と石がピッタリ密着している積み方を《切石積み(キリイシヅミ)》と云います。
②自然のままか自然に近い形の石を積み、隙間は小さな石で詰める積み方を《野面積み(ノヅラヅミ)》と云います。

本丸に向かう道の両側や正面・背後の塀などには沢山の「鉄砲狭間(銃眼)」が切ってあリ、何時も何処からか狙われている感覚がして背筋に冷たいものが…
城の厳しい表情に触れ、お城が戦う為の場所・何れは墓となる運命の場所だという事を肌身で実感します。


松江城は「天守台石垣の人柱と堀尾家断絶の呪い伝説」など興味深い物語が沢山ある名城で、天守内の階段はいざと云う時引き上げやすいよう全て軽くて燃えにくい桐の一枚板で作られています(この城のみの工夫)。
最後の最後まで徹底的に戦い死んでいこうと云う凄まじい覚悟が伺え身が引き締まりますね。
天守閣内に大きな深~い井戸があるのも、何だかとても気味悪く・凄まじく感じちゃいました。


長々と掲載しましたが一応これで今年の「出雲・一畑参拝旅行+松江」道中記はここまでです。
出雲大社・一畑薬師で、僕のブログをご覧頂いている方々のご健康もしっかりお願いして参りました事をご報告してお仕舞いに致します。


注:松江城の詳しい解説は下記のURLをクリックしてご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%B1%9F%E5%9F%8E

http://www.geocities.jp/bane2161/matuejyou.htm


*写真はクリックすると大きくなります!

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城」5、
↑・↓「松江城の黒漆塗り天守閣」、
太閤恩顧の大名・領主が建築した城は『黒=板壁・黒漆塗り』、徳川譜代の大名・領主が建築した城は『白=土壁・白漆喰塗り』。
松江城は太閤恩顧の大名で豊臣政権の中老職を務めた文武の将・堀尾吉晴の子供忠氏が築城した物なので大阪城と同じ板張り黒漆塗りの贅沢な天守閣です。
『白・黒』どちらの天守閣も頑丈な土壁なのですが、外壁の意匠が極端に違って太閤好み・徳川好みとはっきり区別出来るのはとても面白く興味深い点です。

天守は複合式五重六階望楼式、江戸時代以前に築城された天守閣で今も残る現存天守12箇所の内の1つです。
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城」4、
↑「人柱の言伝えが残る天守の石垣」、
高さ約30mの堂々とした天守、他の城の現存天守と大きさを比べると、平面面積では第2位・高さでは第3位・古さでは第6位です。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城」3
↑「大手門を入り、二の丸下の段の本丸に近い場所から見上げた天守閣」、
大手門は現存せず礎石の址だけが残されていて少々残念!大手門の内側は二の丸址で現在は大きな広場になっていました。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城」2、
↑・↓「隅櫓」、
優美な姿とは裏腹に石落としや銃眼が備えられ攻め寄せた敵を苦しめ多大な出血を強いる戦術拠点、戦の時には絶対に近寄りたくない場所です!
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城」1、
*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城」6、
↑「松江城天守閣の芯柱=大黒柱」、
肥松の柱を中心にして周りを多くの角材で囲み、鉄輪や鎹(カスガイ)などで撒き閉めて巨大な芯柱にしています。
初代城主の父・堀尾吉晴が苦心・発案した工法で、一本だけで作られた柱より頑丈で地震等の揺れにも粘りがあって強いのだそうです。
つまり《元祖2×4工法》と云う事でしょうか?


「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」31、
↑「天守閣の上で一休み」、
各層の展示物を見学し、昔のままの急な階段とギシギシ軋んで所々隙間から下が見えそうな板張りの床にキャーキャー云いながら登り付いた最上階、宍道湖から吹き上げてくる爽やかな風と360度のパノラマビューを堪能し、穏やかな宍道湖の水面を紅く染めながらに沈む夕日も観れて姫達はご満悦です。


「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城」7、
↑「明り取りからの眺め」、
最上階以外には太い格子の入った明り取りしかなく、内部は昼なお薄暗い状態です。
最後の戦闘の為の武器や兵糧が保管され、最終的には城主はじめ城主一族と近侍の武士たちの死に場所・墓になる運命の場所「天守閣」、華やかな様でも何処かしら陰鬱な雰囲気を漂わせています。
ただ救いは、《天守閣が現存していると言う事は、此処を枕に多くの人間が討ち死にをする様な戦闘は無かった》と言う事です。 
  

注:福山市・府中市など広島県東部からの出雲・松江・米子観光には、安くて便利な『中国バスのハイウェイバス』を是非どうぞ!
詳しくは下記のURLをクリックしてご確認ください。

http://www.chugokubus.jp/hispeed-bus/highway-route-q.html



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お参りしてきました!『出雲・一畑・松江、日帰り参拝旅行・2009.10.28.』、パート7、「堀川遊覧・その2」、

「神在月は出雲へ!」
と云う事で、毎年10月恒例の『出雲大社・一畑薬師、健康祈願・日帰り参拝旅行+松江城』に行ってきました。
  
『出雲大社・一畑薬師、健康祈願日帰り参拝旅行+松江城・お堀遊覧』道中写真日記・2009.10.28、パート7、「堀川遊覧・その2」、


今回は前回の続き「堀川巡り・遊覧、その2」人物・動物写真編を掲載します。
波に揺れながら走る舟の上で下手なカメラマンが望遠レンズと標準レンズを忙しく交換しながらの撮影なので良い写真は無いのですが、良い雰囲気の人物写真と《モデルが良かった!》松江城のお堀に生きる鳥たちの写真をご覧下さい。


*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」11、
↑・↓「南蛮人、敵国からの間者?」、
「南蛮人」と云う言葉は不適切!僕も嫌いな表現です。ただ
時代劇ではないのですが《お城・江戸時代・鎖国+外人さん》の連想と云う事でお許しください。
同じ舟で隣り合わせになったフランスからの観光客さん、もしかしてミシュランの調査員?なんてね…

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」12、
今回の旅行、『奇蹟の一枚』候補の写真です!

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」32、
↑「出雲大社で鳩のイリュージョンを演じ、お昼に割子蕎麦を食べてめっちゃご機嫌のプリンセスミッキー?」、
プリンセステンコーの洒落です、くれぐれもお間違えの無いように…

注:福山市・府中市など広島県東部からの出雲・松江・米子観光には、安くて便利な『中国バスのハイウェイバス』を是非どうぞ!
詳しくは下記のURLをクリックしてご確認ください。

http://www.chugokubus.jp/hispeed-bus/highway-route-q.html


      続き・動物編です⇒

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お参りしてきました!『出雲・一畑・松江、日帰り参拝旅行・2009.10.28.』、パート6、「堀川遊覧・その1」、

「神在月は出雲へ!」
と云う事で、毎年10月恒例の『出雲大社・一畑薬師、健康祈願・日帰り参拝旅行+松江城』に行ってきました。
  
『出雲大社・一畑薬師、健康祈願日帰り参拝旅行+松江城・お堀遊覧』道中写真日記・2009.10.28、パート6、「堀川遊覧・その1」、


今年も無事『出雲大社と一畑薬師』の参拝をさせて頂いたのでその後はお楽しみタイム、松江に到着して『堀川巡り・遊覧と松江城見学』です。
「堀川巡り」は松江城のお堀を和船でのんびりと周遊するもので、普段見ることの無い水面からの四季折々の風景をゆっくり堪能できます。
渓流下りや海での遊覧などと違い何とも長閑な風情が最高でした。

今回はお堀や橋・木々など遊覧船から眺めた写真を掲載し、次回は人物・動物の写真を掲載ます。
下手な写真で長閑な水面の美しい景色が伝わるかどうか心配ですがどうぞご覧下さい。

*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」5、
↑・↓「和船でゆっくり巡る長閑なお堀」、
水の街・松江、お城の周りをぐるっと一巡り、静かで緩やかな時間が流れる長閑なひと時です。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」4、

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」1、
↑「松江城の大手に架かる立派な橋」、

裃姿のお侍がお供の槍持ち・小者を連れて今にも渡って来そうな雰囲気、タイムスリップしたみたいです


「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」3、
↑・↓「穴太積みの石垣部分と敢えて石を積まずにしてある場所が…」、
穴太積みは自然石を秘伝の積み方で積み重ねる日本の伝統的な石垣の積み方、大きな地震でブロックとコンクリート製の護岸が崩れても穴太積みの石垣は崩れない事が多くある程頑丈な石積みです。
一つの石が他の5つの石と接する様に積まれ隙間に小さ目の石を詰め込むのが特徴!実は現代のブロックもこの方法で積まれてるんですよ!
堀の内側に石垣を積まず自然のままの様になっている部分があり、一見長閑に見えますが実はお城にとってとっても重要な場所なので少し説明します。

【城とは軍事要塞であり死に場所】

城中のこのような場所は防衛的な事情、つまり戦術的観点から人工的に造られた場所である可能性が高いのです。
何故かと云うとこのような場所は城が敵勢に包囲された時、城内からの密使を城外に出したり、城外からの密使を場内に収容したりするのに実に都合が良い上に、高く頑強な石垣や櫓に攻めあぐねた敵勢が「此処なら何とか」と攻め寄せた時、大きな罠を仕掛けて苦しめ・多くの出血を強いる事の出来る防衛拠点《切所=セッショ》となるからです。
特に豊臣政権から徳川幕府への権力移行期の動乱・戦闘期に造られたお城=今築城400年で賑わう各地のお城は全てこの時期に作られた城は、領主の権力の象徴と云うより戦闘の為の拠点・要塞《城塞・城郭》なのでこのような場所が意図的・人工的・戦術的に造られ、所謂《お庭番や黒鍬衆》などによって秘密裏に管理・整備されている場合が多いのです。
注①:この動乱期が過ぎ、徳川政権が安定して以降に増改築・改修された城・部分は権力の象徴としての色合いが濃くなります。
注②:「御庭番・庭の者」=城内・御殿内の庭を管理するのが役目、隠密や忍者のイメージが強いが本来は世情に達した下級武士で(但し殿様近くにあるため特別な存在に見られがち)植木の世話や花作りなどの様な園芸・農作業の専門家でもある。
そのため特殊な武術などを伝承し(花鋏一つで闘う術や体術=柔道と空手などを合わせた様なもの)隠密などの役を務める事もあったらしい。
隠密と言えば伊賀・甲賀の忍者の姿が思い浮かびますが、長く続いた戦国乱世の抗争の中で、各地に忍び=特殊部隊的な集団は自然と発生し特別な技術を磨きながら領主の武士団に吸収・同化されていったのです。
注③:「黒鍬衆」=
戦場においては陣地・陣屋を作ったり架橋・破壊工作などを行い、平時には城や堀・河川護岸・治水などの土木工事を担当する技術者武士団で現代風に云えば工兵隊。
城の構造や堀の深さなど敵に知られてはならない場所の土木工事を担当するために多くの秘密を守らねばならず、自ずと交際範囲が狭くなるために隠密・特殊部隊的なイメージが定着しているが、実態は専門的土木技術を持った有能な技術者武士団です。
注④:岡山城の有名な庭園「後楽園」も一見優雅で広大な庭園の様ですが、実は城を守るための重要な軍事拠点だったのが地勢的な観点からうかがわれます。

徳川幕府政権安定後の時代の城は封建領主=大名の権力の象徴となりますがそれ以前の城は、まさに
援軍を待つ最後の砦・死に場所だったのです。
武士の甲冑が派手で華やかなのも戦場で目立つ(就職や出世のためのアピール!)と同時に討死にした時の衣裳・装束として自らを飾った物なのですよ!

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」17、
*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」13、
↑・↓「穏やかな水面の堀川」、
紅葉に少し早かったのがチョイ残念!
『春は花・夏は緑・秋は紅葉・冬は雪』、何度も行ってみたくなりますね。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」23、

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」22、
↑「石垣を崩しそうな大きな木の根」、
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」26、
*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」24、
↑「蔦の巻きついている橋」、
岸から伸びた蔦の葉が年々多くなっていて、一杯になるのが楽しみです。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」25、
↑・↓「船頭さんと同船の皆さん」、
流暢に周辺の説明をしながら巧みに舟を操る船頭さん、松江の歌も良い声で聞かせてくれます。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」29、

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」34、
↑・↓「前方に随分低くて小さな橋が…」、
水面からの距離が短い橋を潜り抜ける時は遊覧船の屋根を前方に「ギューッ」と傾けて、舟も人も全てがお辞儀をしたようにして潜ります。
ペタンコになっちゃわないかと…ドキドキ・ワクワク・愉快です!

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」35、

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」36、
↓・↑「身を屈め小さくなって潜り抜け」、
舟はペシャンコになり、両岸にゴツゴツ当りながら小さな橋を潜ります。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「松江城、お堀遊覧」37、

注:福山市・府中市など広島県東部からの出雲・松江・米子観光には、安くて便利な『中国バスのハイウェイバス』を是非どうぞ!
詳しくは下記のURLをクリックしてご確認ください。


http://www.chugokubus.jp/hispeed-bus/highway-route-q.html

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お参りしてきました!『出雲・一畑・松江、日帰り参拝旅行・2009.10.28.』、パート5、「新出雲風力発電所・ウインドファーム」+「ご当地ソフトクリーム」、

「神在月は出雲へ!」
と云う事で、毎年10月恒例の『出雲大社・一畑薬師、健康祈願・日帰り参拝旅行+松江城』に行ってきました。
  
『出雲大社・一畑薬師、健康祈願日帰り参拝旅行+松江城・お堀遊覧』道中写真日記・2009.10.28、パート5、「新出雲風力発電所・ウインドファーム」+「出雲そばソフトクリーム&島根ワインソフトクリーム」、


今回は旅の途中で見付けた珍しい物を紹介します。

『新出雲風力発電所・ウインドファーム』、
巨大なプロペラが何基も建ち並ぶ日本最大級の風力発電所、まさに壮観です!


日本海と出雲平野の間、東西に連なる山々の上に巨大な3枚羽のプロペラが26基も聳え立っているのが遠く宍道湖の対岸からでも認められます。
これが「神話の国」の景観問題や渡り鳥の衝突死問題などで話題を呼んだ『新出雲風力発電所・出雲ウインドファーム』、巨大な支柱と羽を合わせた高さは120mの施設一基当りの出力が3,000kwなので全26基では何と78,000kwに!まさにクリーンで安全な実用的最先端発電所です。

注:作る電気の量を同じとして考えると、この風力発電所は火力発電所に比べて二酸化炭素(CO2)削減量は年間85,000tにもなる!
まさに《地球温暖化防止・CO2削減》にはピッタリの発電施設です。

【究極の選択】
似合わず真面目に考えます!、

現代的を通り越して近未来的な景観を呈する施設『新出雲風力発電所』、果たして「神話の国」の景観を破壊したのか?大変大きな問題です。
人類は今、嘗て経験したことの無い危機に直面しています!大袈裟?否!決して大袈裟ではありません。
人類・人類文明は、化石燃料を見境無く燃やして大量のCO2を大気中に撒き散らし、掛替えの無い大自然を破壊し尽くそうとしており、過剰に作られるCO2とCO2からO2(酸素)を作ってくれる森林は開発と云う名の破壊によって激減しています。
今や地球全体の平均気温は年々上昇し、人類は未曾有の自然災害・異常気象の頻発に全くなす術が無い状態です。

確かに文化遺産的景観も大切です。
しかし人類無くして文化も文明も無く、自然無くして人類は無く、自然・地球はたった一つしか無いと云う事を知る必要があります。

僕は人類を自然を地球を救うには今やもう生半可なエコだけでは間に合わない気がします。
今が積極的に地球の事を考える最後のチャンスかもしれません。
考えましょう!そして行動に移しましょう!
たった一つの地球の為に、たった一つの未来の為に。

*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「風力発電」、1、 
↑・↓「新出雲風力発電所」、
長閑な田園風景の向こうに近未来的な発電所が、夢なのか現実なのか一瞬目を疑う風景です。
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「風力発電」、3 「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「風力発電」、2

↑「風と共に生きる」、

注:福山市・府中市など広島県東部からの出雲・松江・米子観光には、安くて便利な『中国バスのハイウェイバス』を是非どうぞ!
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お参りしてきました!『出雲・一畑・松江、日帰り参拝旅行・2009.10.28.』、パート4、「一畑薬師」編+参道のお饅頭屋さん「開眼堂」、

「神在月は出雲へ!」
と云う事で、毎年10月恒例の『出雲大社・一畑薬師、健康祈願・日帰り参拝旅行+松江城』に行ってきました。
  
『出雲大社・一畑薬師、健康祈願日帰り参拝旅行+松江城・お堀遊覧』道中写真日記・2009.10.28、パート4、「一畑薬師」編+参道のお饅頭屋さん「開眼堂」、


平安の頃からお薬師様(東方浄瑠璃浄土の教主・薬師如来)がおまつりされている「一畑薬師」、諸病平癒・特に眼病平癒に霊験あらたかな中国地方を代表する大霊場で、僕は子供の頃から亡き父と一緒によくお参りして親しんでいたので3年前の直腸癌発病・手術以来毎年10月「出雲大社」と共にお参りをしています。

亡き父も誕生後すぐに左眉の辺りに血管腫が出来、乳児の時に大手術をする事になり『一畑薬師』にお参りをして幼い命を助けて頂いたんですよ!(だから僕が今います)
それこそ「命を取るか目を取るか」と云う大手術だったのですが、左目が少し不自由になってしまいましたが命は74年間存えさせて頂きました。

閑話休題、
霊場「一畑薬師」のスナップをご覧下さい。


注:『一畑薬師・一畑寺』の縁起・霊験などについての詳しい情報は下のURLをクリックして是非ともご覧下さいね。
http://ichibata.jp/

*写真はクリックすると大きくなります!
一畑薬師2、本堂、臨済宗妙心寺派・医王山一畑寺、
↑・↓「本堂と案内板」、
本堂・薬師堂はじめ観音堂、十六羅漢像、四万八千仏堂、御霊茶の頂ける休憩所などがあり静かで景色の良いお寺。
《諸病平癒・眼病平癒・家内安全》等など《諸願成就の護摩供養》をして頂けます。
一畑薬師1、案内図 「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「一畑薬師」、1、
↑・↓「石燈籠の並ぶ参道と急な石段」、

この石段を休まず早足で登るのでも大変なのに山の下から山頂近くの「一畑薬師」までのマラソン大会が毎年10月に行われるんですよ!想像しただけで気が遠くなりそうです。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「一畑薬師」、2 
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「一畑薬師」、3
↑「法堂」、

一畑薬師3、宍道湖を望む、
↑「一畑薬師からの眺望」、
南を望めば穏やかに水面輝く宍道湖、背後の山頂を超えればすぐそこに日本海、少し東に目を向けると大山まで望める絶景です。
今でこそ車で簡単に行けますが、応古は人里から隔絶された修行・祈りの場《霊場=パワースポット》だったんでしょうね。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「一畑薬師」、7、
↑・↓「八万四千仏」、
全国から寄進された小さな観音菩薩像(1尺=30㎝ほど)、沢山の祈りと願い・感謝のパワーに圧倒される眺めです。
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「一畑薬師」、6、 

注:福山市・府中市など広島県東部からの出雲・松江・米子観光には、安くて便利な『中国バスのハイウェイバス』を是非どうぞ!
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お参りしてきました!『出雲・一畑・松江、日帰り参拝旅行・2009.10.28.』、パート3、「因幡の白兎」と「大社土産」+「出雲割子蕎麦」編、

「神在月は出雲へ!」
と云う事で、毎年10月恒例の『出雲大社・一畑薬師、健康祈願・日帰り参拝旅行+松江城』に行ってきました。
  
『出雲大社・一畑薬師、健康祈願日帰り参拝旅行+松江城・お堀遊覧』道中写真日記・2009.10.28、
パート3、「因幡の白兎」+「大社土産」&「出雲割子蕎麦」編、

出雲大社の参道脇に『大国主命と因幡の白兎の像』があり、「あっ、そうなんだ!、僕が幼い頃から出雲大社と御縁が深く親しみを感じるのはこれなんだ!」と感じたので今日は『大国主命と因幡の白兎』の話題です。
注:僕は何故《出雲大社・大国主命》を崇敬するのか?遂に判りました!それは僕が卯年生まれです。
酷い目にあって苦しんでいるウサギを助けて下さった大国主命=出雲大社の主祭神を篤く信仰するのは、僕のDNAに書き込まれた神代の昔の記憶がなせる業だったのでしょう。
《メタボ戦隊タベルンジャーウサギ》の守り神は出雲大社に祀られる《大国主命》だったんですね!


『因幡の白兎』:
古事記の大部分を占める出雲神話の中の超有名なお話で、僕などより上の世代・戦前の初等教育を受けたお方はこのお話を『唱歌・大黒様』として歌ったはず。
僕には亡き父(大正11年生まれ)が歌い教えてくれた記憶があり、今でも時々口ずさみます
   
国定唱歌『大黒様』
作詞:石原和三郎・作曲:田村虎蔵   
一番・『♪大きな袋を肩にかけェ~、大黒様が来かかるとォ~、そォ~こに因幡の白うさぎィ~、かァ~わ(皮)を剥がれて赤裸ァ~♪』、
二番・『大黒様は哀れがり、綺麗な水に身を洗い、蒲の穂綿に包まれば、兎は元の白兎』、
三番・『大黒様の言う通り、綺麗な水に身を洗い、蒲の穂綿に包まれば、兎は元の白兎』、
四番・『大黒様は誰あろう、大国主命とて、国を開きて世の人を、助けなされた神様よ』。

注:このお話の詳しい内容は下の2つのURLを是非ご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A0%E5%B9%A1%E3%81%AE%E7%99%BD%E5%85%8E


http://www.lifence-inc.co.jp/daikoku/sinwa1.html

*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲大社参拝」2009.10.28.、3
↑「大黒様=大国主命と因幡の白兎」、
出雲神話で超有名なお話の一場面、
参道脇にあるブロンズ像です。 『他者を騙して自身の利益を得ようとしては駄目だよ』とお諭しになっているんでしょう、僕には『正直に鰐に打ち明け頼めば助けて貰えた筈、他者に対して何事も正直に真心を持って接しなさいね』とも仰っているように思えます。
「出雲大社参拝」2009.10.28.、5
↑「因幡の白兎=鰐を騙した白兎」、
お行儀良くオチンチンをして大国主命の優しく有難いお話を聞いている因幡の白兎ですが、本当はこの時、鰐を騙した仕返しに皮を剥がれて赤裸な上に大国主命の意地悪なお兄さん達=八十神(ヤソガミ)たちに嘘の治療法を教えられ全身とんでもない事になって瀕死の重体だったんですよ!


注:『兎と鰐=鮫』と同じ様なお話は世界中にあります。
古代に東南アジア辺りで成立した元の話が世界中に伝播する過程で、その土地その土地の文化や風土・習慣にあった神話や仏教的説話になったのでしょうね。

鳥取県には日本海に面した美しい「白兎海岸」があり、夏は海水浴場として賑います。
そこには白兎を祀った「白兎神社」や兎が体を洗った池まであるので何時か訪ねてみようと思っています。


古代に措いて大和朝廷と変わらぬ勢力を誇った『出雲の国』は現在の出雲・島根半島を中心とした大王国。
古事記片手に神話の国『出雲』を少しずつあちこち訪ねてみるのも面白そうで僕の晩年の趣味になりそうな予感がします。


「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「さかえや」、おみやげ物1、
『さかえや』、お土産物店、
出雲大社西側、出雲国造・千家宮司さん宅の真ん前にある上品でお洒落なお店、ぶらり立ち寄る価値十分です。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「さかえや」、おみやげ物2、
↓・↑「店内には可愛い小物などが一杯です」、
焼き物・アクセサリー・藍染物・工芸品などなどセンスの良い小物類で一杯の店内は、いわゆる観光地のお土産物屋さんとはチョイと違う雰囲気で、僕は「翡翠の勾玉ストラップ」などを買いました。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、「さかえや」、おみやげ物3、 


注:福山市・府中市など広島県東部からの出雲・松江・米子観光には、安くて便利な『中国バスのハイウェイバス』を是非どうぞ!
詳しくは下記のURLをクリックしてご確認ください。

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お参りしてきました!『出雲・一畑・松江、日帰り参拝旅行・2009.10.28.』、パート2、

「神在月は出雲へ!」
と云う事で、毎年10月恒例の『出雲大社・一畑薬師、健康祈願・日帰り参拝旅行+松江城』に行ってきました。

『出雲大社・一畑薬師、健康祈願日帰り参拝旅行+松江城・お堀遊覧』道中写真日記・2009.10.28、パート2、「出雲大社」編

何度も休憩をしながらのゆっくりとした道中、家からのんびり4時間ほどで最初の目的地「出雲大社」に到着!
いよいよ『出雲大社参詣』ですが、御本殿は現在式年遷宮の大工事の真っ最中なので仮本殿にお参りします。

摂社にお参りしたり宝物館を拝観したり、御神籤を頂いたり鳩に餌をやったり、秋晴れの暖かい日差しの下ゆっくり参拝させて頂きとても有難い事で御座いました。
注:昨年と同じような写真は掲載しないので、昨年の出雲参拝旅行の模様も是非【ブログ内検索】してみて下さいね。

注2:『出雲大社』の詳しい情報は下のURLをクリックして是非ご覧ください!公式ホームページです。
 
http://www.izumooyashiro.or.jp/

*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲大社参拝」2009.10.28.、19
↑「出雲大社の大鳥居」、
旧出雲駅近くにある大鳥居、車で下を潜れます。
これより先にもう1つ大鳥居があり、そこからは玉砂利の参道です。

「出雲大社参拝」2009.10.28.、1
↑「大きな松並木の参道」、
大鳥居を潜れば大きな松の並ぶ長い参道が御本殿まで続きます。
玉砂利が敷き詰められて何時も清潔な祈りの道です。
「出雲大社参拝」2009.10.28.、2
↑「参道脇にある大国主命の像」、
出雲神話に登場する大国主命のイメージにぴったりの像。
古代の服装に環頭太刀を帯び、角髪(ミズラ)を結った姿は何とも神々しい感じです。
波の上に現れた日輪を仰いでおられました。

「出雲大社参拝」2009.10.28.、10
↑「何をお願いしてるのか?神妙にお祈りです」、

「出雲大社参拝」2009.10.28.、8
↑「回廊状に並ぶ神様の迎賓館」、
神在月の神集いにお集まりの神様たちの宿舎、今風に云えば《神様会議出席神様専用長屋風宿舎》。
毎年10月は大賑わい、何故ならお集まりになる神様だけで八百万!随員やご家族をお連れならそれこそ満員御礼・超満員でしょ。

「出雲大社参拝」2009.10.28.、11
↑「神様専用の馬と牛=神馬・神牛」、
神馬と新牛、今風に言えば《馬は神様のスポーツカー》で《牛はリムジン=牛車を引くから》と云う事なんでしょうね。

「出雲大社参拝」2009.10.28.、9
↑「緋の袴が凛々しい巫女さん」、
現代の多くの巫女さんは、占いや霊媒・心霊行為などをなさらないので巫女の字より神子の方が良いのかも?
神に仕えお世話をなさる神聖なお仕事、背筋がピンとした姿勢が流石で凛々しい美しさです。

「出雲大社参拝」2009.10.28.、17
↑「神楽殿の日本一大きい注連縄」、
二匹の蛇が交尾している姿を表した物で子孫繁栄と再生・復活を願っています。
蛇は豊かさと再生(生まれ変り)の象徴で稲作の守り神でもあるので(稲作の害獣・ネズミの天敵なので)、日本人に古くから崇められ・恐れられてきた存在なんですよ。
僕は大嫌いですが…

「出雲大社参拝」2009.10.28.、15
↑・↓「出雲国造・千家宮司家の長屋門」、
出雲大社宮司で出雲国造を兼ねる千家さんのお屋敷の長屋門、大きな注連縄が張られて立派です。
出雲国造は古代官制の出雲知事、現在では有名無実の役職ですが天皇陛下践祚の時(天皇陛下の代替わり)には今でも重要な役割を果たします。

「出雲大社参拝」2009.10.28.、16 
*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲大社参拝」2009.10.28.、13 
↑「出雲大社境内の鳩」、
出雲大社の鳩は参詣する人に1袋10円の餌を与えられ可愛がられてるので人を全く恐れません。
餌箱にお金を入れて餌の小袋を手にした途端、それを横目で見ていた沢山の鳩たちが物凄い勢いで僕を目掛けて集ってきます!『キャーッ!怖い!』
ヒッチコックの映画「鳥」の様な恐怖に包まれながら餌を撒くと、平和の象徴の鳩が何と激しく喧嘩をしながら争って啄ばみ始め僕の周りはそれこそ大騒ぎに。
中には手や腕、肩や頭の上にまで乗っかって餌を寄越せと僕を突っ突くものまで現れる始末…、しかも餌が豊富な上に何時も境内でぶらぶらしてるだけの運動不足なので重い!鳥は空を飛ぶので見た目より軽い筈なのに兎に角重い!メタボ間違い無し。
そう云えば出雲大社の鳩たちの歩きぶりも飛びようも何だか重たそうで僕そっくりだった気がします・・・
「出雲大社参拝」2009.10.28.、18 
↑「掌が痛いほど突っ突いて餌を食べる鳩」、
嘴で突っ突かれる掌は勿論、鳩の乗っかってる部分の痛い事!
鋭く力強い鳩の爪先が
服の上から肌に通って痛いの痛くないの、十分気をつけていないと傷が出来て血が出ちゃいます。
20091028_IMG_0779.jpg

↑「プリンセス・テンコーではありません」、
マジシャンが鳩を出した瞬間ではありません、餌を掌に出して差し出すと「アッ!」と云う間にこの状態。
餌を持ってなければ寄っても来ないのに、全く現金な鳩たちです。

「皆さん、鳩が平和の象徴と云うのは嘘ざんす!
餌をやる時はくれぐれもお気を付け遊ばせ!」

と云いつつ「鳥類」は《メタボ戦隊タベルンジャーうさぎ》の僕の大切な守り神、たっぷりと餌を捧げて参ったのでした。


注:福山市・府中市など広島県東部からの出雲・松江・米子観光には、安くて便利な『中国バスのハイウェイバス』を是非どうぞ!
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お参りしてきました!『出雲・一畑・松江、日帰り参拝旅行・2009.10.28.』、パート1、

「神在月は出雲へ!」
と云う事で、毎年10月恒例の『出雲大社・一畑薬師、健康祈願・日帰り参拝旅行+松江城』に行ってきました。

『出雲大社・一畑薬師、健康祈願日帰り参拝旅行+松江城・お堀遊覧』道中写真日記・2009.10.28、パート1、

僕は3年前の2006年夏に直腸癌が見付かり、同年11月17日に福山市民病院外科部長・井谷先生の執刀で大手術をして頂き今健康に生きさせて頂いています。
福山市民病院外科の井谷先生はじめ医療スタッフの皆さん本当に有難う御座いました。

5年生存率がクリアできるようぼちぼちやっていますので今後とも宜しくお願いします

注:五年生存率=「癌の摘出手術後5年間《再発・転移》が無ければその癌は一応完治したと判断できる」と云う事で、癌経験者は術後最低5年間はきちんとした経過観察が絶対に必要です!

と云う事情で、癌が見付かった年から毎年10月に子供の頃から馴染みの深い出雲大社と一畑薬師に病気平癒と健康回復の祈願参りをさせて頂き、その後で少し山陰観光をして心と体をリセット・リフレッシュしいます。

昨年は出雲大社から日御碕神社・日御碕灯台~一畑薬師~宍道湖畔散策と云うコースでしたが、今年は出雲大社・一畑薬師参拝に加え築城400年祭りで賑わう松江城登城と松江城のお堀遊覧に行き楽しんで来ました。

今回から数回に亘り、
10月28日の詣旅行のスナップを掲載しますのでどうかご覧下さい。
昨年の出雲参詣旅行の写真も右の【ブログ内検索】で《出雲、出雲大社、日御碕、一畑薬師》などのキーワードで検索してみて下さいね。


「神在月は出雲へ」、
10月の出雲は「神在月」、日本中に鎮座される八百万の神々が出雲大社での神集い=総会に集合されて話し合いやら宴会やらでそれこそ大賑わいです!
と云うことは、神在月の出雲大社にお参りすれば日本中の神様に参詣したのと同じ事に!

地元の観光ポスターにも大きく《神在月アピール》がされていました。

*写真はクリックすると大きくなります
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、3、「おろちループ」、 
↑・↓「R314・奥出雲おろちループ」、
早朝6時半に我が家を出発し一時間半程で中国山地の分水嶺を越えて島根県奥出雲地方に、写真は国道314号線・三井野原~坂根・横田の間にある「奥出雲おろちループ」丁度日が昇った頃です。
「おろちループのおろち」は出雲神話「八岐大蛇のおろち」から命名されています。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、2、「おろちループ」、
↓・↑「錦秋の奥出雲の山々」、
大きな円を緩やかに描いて山頂から谷底に下りるループ橋は何とも素晴らしい景色です。
朝日を浴びた山々の木々もそろそろ紅葉が始まりとっても綺麗でした。

「出雲・松江旅行」2009.10.28.、4、「おろちループ」、
*写真はクリックすると大きくなります!
「出雲・松江旅行」2009.10.28.、5、「おろちループ」、

「おろちループ」の直ぐ近くにJR西日本・木次線の出雲坂根駅があり、スイッチバックで山を登る気動車が見られます!ここは昔から山陰と山陽を結ぶ街道の難所中の難所だったので人も鉄道も一苦労、ループ橋が出来るまでは兎に角山肌をクネクネだったんですよ!
注:スイッチャバック=汽車の進行方向を変えながら山などを登る方法、汽車の中を運転士が移動して前・後?に進みながら運行します。


「出雲・松江旅行」2009.10.28.、1、「おろちループ」、
↑「奥出雲・横田の名産品《そろばん》」、
古くから木材加工が盛んな奥出雲・横田は高級銘木家具や欄間・そろばん等が名産です。
おろちループの柵にもそろばん玉のデザインが使われています(写真には写っていませんが、玉の数は場所ごとに違う芸の細やかさです=ここは「2」ですね)。


奥出雲の名産は木材と砂鉄=日本刀の原料・出雲刃金、古代から蹈鞴製鉄(タタラセイテツ)で栄えた場所です。


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倉敷美観地区、「倉敷の犬・猫屋敷」、可愛い小物が一杯で猫好き・犬好きには堪りません!+ついつい買っちゃったバンダイの玩具・「猫の手・ねこにゃんぼぅ、くろたび」、

倉敷市・美観地区、「倉敷の犬・猫屋敷」、1 
倉敷美観地区『倉敷の犬・猫屋敷』、
猫ちゃんワンちゃんの可愛い小物がお店の中にい~っぱい!猫好き・犬好きには堪りません!


夕暮れの倉敷の街並みを眺めたくなりぶらり訪ねて大発見!
美観地区の西端・入口近くにあり、猫ちゃん・ワンちゃんの可愛い小物が一杯のとっても素敵なお店です。

僕は時々ですが大原美術館に行きます。
別に絵画が好きなわけでも詳しいわけでもないのですが、その日・その時の気持ちに《ビビビ》と来た絵画や彫刻をただただ無心に長い時間眺めるのが好きなんです。
芸術と会話するなんて云ったら格好良すぎなんですが、そうしてると落ち着くし日常の煩雑な事が全て雲散霧消するんですよね!

閑話休題、
この日はもう夕闇迫る黄昏時=「誰そ彼⇒たれそかれ⇒たそがれ」、美術館などは閉館した後ですが黄昏時の白壁の町並みを歩きたくて訪ねました。
着早々に素敵なお店に出会ってしまい、時の経つのを忘れてあれこれ見ていて散策は二の次になっちゃいましたが、可愛い物・欲しい物がいっぱいなのでこれからチョクチョク通ってしまう予感がします。

店内のガラスで囲われたスペースには2匹の可愛い看板猫ちゃん(生きてる本物の猫ちゃん)が飼われてるんですよ。


*写真はクリックすると大きくなります! 
倉敷市・美観地区、「倉敷の犬・猫屋敷」、3
↑「店内正面に四方ガラス張りの看板猫スペースが」、
床から天井までの広い看板猫スペース、2匹の可愛い猫ちゃんがお昼寝したり店内を見渡したりしています。倉敷市・美観地区、「倉敷の犬・猫屋敷」、2
↑・↓「もの凄い数の猫ちゃん・ワンちゃんグッズ」、
どれもこれも個性的で可愛くて堪りません。
許されるなら全部一通り買っちゃいたい位です!(中には好みじゃない表情の猫ちゃん・ワンちゃんが居ますが…)
倉敷市・美観地区、「倉敷の犬・猫屋敷」、4
*写真はクリックすると大きくなります!
倉敷市・美観地区、「倉敷の犬・猫屋敷」、5
↑・↓「国産・舶来、日本猫・洋猫、日本犬・洋犬、…」、
とにかく店内は猫ちゃん・ワンちゃんグッズが所狭しと並ぶワンダーランド状態、おまけに店内に流れるBGMまで猫ちゃん・ワンちゃんの声で出来てると云う徹底ぶりです!

倉敷市・美観地区、「倉敷の犬・猫屋敷」、6 

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Author:殿さまうさぎ
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